基 本 四 柱 Ⅱ

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朝 も や

Microsoft Word - と 印

投稿 2014 05 16~

ワ~ド・フリ~ハンド絵画

 

 

基本四柱

岩 盤 の 驚 異 !

 

 

 

 

品質一定を問う。

 

Z社にそって話しを進めてみよう。

ある日、消費者様から苦情が届いた。

商品の中の餡に、石のようなコンクリート破片が、混入していたという。

消費者様がその商品を食べて、破片で歯が欠けたということらしい。

異物混入はよくあることだ。だから許してください、とはいかない。

原因を追究したら、驚きの結果となった。

違う部署の人が、この餡を製造する部署に手伝いにきていた。

何かの調子で、釜から餡の一部が床に落ちた。

ところが彼は、それを捨てずに拾い上げ、釜に戻したというのである。

もうこの時点で製造者失格である。

それには土壌球菌から、その他の菌類が付き放題であったろう。

そして、そこにコンクリート破片も付いていたのである。

これは初歩的ミスとはいわない。

たとえ、入社五日目の人だってこんなことはしない。

その彼は、もう少しで65歳となり、勤続50年を迎える。

これはもう論外の話しである。

日常生活を、会社に引きずってきている典型的な事例である。

彼の家の中は、もう想像を絶する始末である。

人が住む家ではないという。

品質一定を忘れられた商品は、形がそろった類似品で中身は別物なのだ。

同じ商品で、味がバラバラなのである。

違う見方をすれば、毎日、違う商品を作れる天才だ。

この工場には、どこを見たって、一定などという一般常識などは存在しない。

それだけ、人材教育、社員教育の無さが現れている。

新入社員が入社してきても、年間数百万かけて人材コピーを作るだけである。

これに対し、先輩格は何の不思議さえ抱いてはいない。

製造責任を感じない、担当者の感覚は、完全に機能不全を起こしている。

怠慢のぬるま湯に、ドップリと浸かっているのだ。

やがて大きな過ちがやってくる。

 

 

 

 

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それは、突然現れた。

2013年 5月1日

食品製造会社にとって、あってはならないことが起きたのだ。

原料に混入する調味料の一部が、賞味期限切れをしていたのである。

結論から言うと、このことは、社長以外全員が知っている。

発覚は、出入り業者の検査で見つけられた。製造業の怠慢の中の怠慢。

それでも、当事者にはとがめがなかったようである。

何か刑罰でも与えたら、事故が発覚してしまうので、何もできないのである。

管理職の結論は、売れた商品から苦情が入ってはいない。

食中毒でもないし、味も変わらないので、残りの商品の回収はしない。

残っている原料は廃棄した。みな、口を閉じれ!

隠ぺい工作に走ったのである。

ちょうどこのころ、どこかの会社の賞味期限切れ騒ぎが発覚して、問題視

されていた。事故が公になると、それぞれの責任問題が起きてくる。

これが怖いのだろう。

寝ているものは、そうーと。

目立たないものは、そのままに。

都合の悪い話しは、耳に目隠し。

食品製造に席を置くものとして、この行為は「品質一定」からほど遠いところ

に意識があったようだ。

先述したとおり、ここの工場は、商品を二つしか製造していないのである。

そのうちのひとつは、姉妹品みたいなものである。

厳密にいえば、一商品製造工場なのである。

そのたった一商品の製造を、いったい何人の目で監視し、いくつの耳があれば、

全方角の情報を聞き取ることができ、管理できるというのだ。

この二つの商品は、年間部門売り上げの、50~33%を創っているという。

さすがにいまは、50%は無理のようだ。

そんな一工場で、一商品を作り、一製造工程の管理もままならない社員が、

今、還暦を迎える。その時、彼は勤続45年目である!私は今、諸問題を2例しか

あげていない。

何もこの人たちを責めているのではない。品質の一定の概念から、あまりにも

かけ離れすぎていることを、知ってほしいのである。

いまどき、このような会社が存在していることの恐ろしさを、知ってほしいの

である。このZ社は、誰でも知っています。

商品製造の基本のひとつである、品質一定を意識しない物作りとは、いったい、

いかなるものなのか。会社は、このことについて、何か対策を立てているのか。

ある社員は、私にこう言い放った。

「あの人たちが退職するまで、待つしかありません…」

これは、あまりにも、悲しい現実である。

会社が、この状態でも続けてこられたのは、やはり、原価安の高純利益の

賜物だとしかいいようがない。

しかしこの賜物は、後で大きな損失を与えるのです。

あなたが製造している商品が、あなたが知ることすらできない、多くの人たち

の舌の上で、いつもと同じ美しい味であることを期待し、楽しみにして食べるの

である。だから、会社の繁栄があるのだ。

品質一定が維持できないということは、消費者に対して最大の裏切り行為である。

 

品質一定が保たれていると、会社にどのような利益を与えるのか。

品質一定が維持できなければ、会社にどのような損失を与えるのか。

その原因にたどり着くまで、事柄を掘り下げて行ってはどうか。

自分の足元に、とんでもないモノが、転がり込んで来るかも知れません。

 

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安定供給を問う。

 

 

注文を安定供給のコンベアーに乗せるには、何が必要なのだろう。

賞味期限がある今では、作り置き在庫もできない。

いきなりに等しい特注が、日産製造数の何倍もの個数で入ってくる。

それはFAX一枚で始まる。営業商談の痕跡もない特注である。

また、「お前たちは、黙って働けばいい。」 が始まるのだ。

特注の個数を一日で作るとなると、多くは早朝3時からの製造となる。

特注個数がそれ以上大きくなると、午前0時製造開始となる。

師走になると、色々な仕事が入り混じり、その日の晩の10時製造開始

ということになる。

そうなると、一日に2度も出社しなければならならない。

このご時世、土日休み、花金、勤務時間6時間の会社が多くなっている。

それが、特注が入れば、この就業時間で休みは定まらないのである。

お金が欲しい人でも、さすがに体がもたない。

人の欲望は肉体・精神の限界を超越できないのである。

責任はいつでも給料より重い。お金は目標ではなく、結果なのである。

給料がたくさん欲しいのなら、より良い目標を、自ら設定し励まなければ

ならないのである。

個々に掲げる目標のなかに、私がいうところの基本四柱が入ってなければ、

あなたの行動は、何も意味を持たなくなる。

ただ、自宅と会社の振子運動をしているだけである。

安定供給を無理に行うと、車輪がひし形や楕円の形となり、乗る人にも、

引く人にも過度の負担がかかる。

意味を持たない、役職の責任の下で、ただ動いているということである。

働いているのではなく、動いているということだ。

近い未来、改革改善を成さなければ、大きな損失となる時期が、足早に近づい

てきそうだ。その改革改善のためにも、人は他の人の痛みを感じなければ

ならない。

いいえ。その痛みが感じるから、改革改善に取り組むのである。

その改革改善の水先案内が、諸々の数字だ。

確かに、数字は先生である。それも無口で天才だ。

この天才先生の声を、どう汲み取り、どのように理解すればよいのか。

我ごとのように、人の痛みを感じ、数字が唱えている、ものづくりの苦悩の

声なき声を、解き明かさなければならない。

そして、会社の全職員が、今、何故、私はこの席に在るのかを問うのである。

 

安定供給が保たれていると、会社にどのような利益を与えるのか。

安定供給が維持できなければ、会社にどのような損失を与えるのか。

その原因にたどり着くまで、事柄を掘り下げて行ってはどうか。

自分の足元に、とんでもないモノが、転がり込んで来るかも知れません。

 

 

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商品のロス削減に問う。

 

一商品の製造工程から、ロスを検証してみよう。

Z社では、売上利益を口が曲がり、舌が根元から抜けてしまうほどいうらしい。

それは、何も悪いこととは思わない。

だが、数字を創る製造担当者の教育は、皆無に等しい。

管理部門は、数字を運用こそすれ、数字を創るところでない。

そいう会社のロス削減対策などは、隣の家の出来事のようだ。

社員の言動を見るだけで、その指示の無さがうかがえる。

行動がないということは、その行為もないのである。

行為がないということは、その発想すらないということになる。

何事も削減と名の付く事柄は、必要に迫られて行うものだ。

ロス削減もそうである。緊急をようするのである。

諺の【塵も積もれば山となる】ではないが、ロスの塵も、音も立てずに、

大きな山を築いてしまうようだ。

そのロスの山を、数字と個数に表せばその大きさに驚く。

私は、何度もロスがもたらす、損益を数字と個数にして、社員に示したこと

がある。はじめは少し驚きを見せるが、一秒後の態度は平常心で、自分と

無関係だ、といわんばかりの態度であった。

そのくせ、給料が安いだの、賞与が少ないだのと、ごたくをならべる。

言っている本人が、まったくロスの理解をしていないし、ロス削減の責任さえ

感じていない。感じていないので、数字を細かく分析していない、分析して

いないから、塵の積もる怖さをしらないのである。

製造ロスは、勿論、ゼロが望ましい。

不可能と思われても、そのゼロに立ち向かわなければ、数字は一向に小さく

なることがないのだ。ロス削減は、製造部門が会社に与えられる、唯一の

純利益なのである。

いくら商品を造っても、販売しなければ利益にならない。

ロスにも色々なロスがある。

そのなかでも、このロスだけは、100%ゼロにしなければならない。

窃盗である。

Z社は、日常的に窃盗が行われている。

窃盗品は、半製品に限らず、商品も行われていた。

窃盗犯は、社員、パート職も実行犯が決まっていた。

その行動をみていたら、「何か悪いことでもしたか!」という態度で、

逆ににらまれた。

窃盗からは1%の利益もなく、あるのは、底無しの損失しかない。

損失100%というのは、商品紛失の数字である。

目には見えない損失を、底無しの損失というのである。

私と部署が一緒であったX氏は、この工場で一番の古参であった。

工場全員の模範でなければならない立場である、その彼が20年以上も窃盗を

繰り返しているという。

2つの商品を、週に1回、多い時には3~4回窃盗していた。

それでも悪いと思っているらしく、上司の背中を確認しながら盗んでいた。

私は、たまりかねて上司に言ったことがある。

目の前で盗みをしている、注意をしてほしい、と。

上司は私から避けながら、黙って一言も言わなかった。

あなたが注意できないのなら、私から注意してもいいのか?といいよった。

でも、一言も返答がないのである。

上司が許可をしないのに、私が注意してもだめだろうなと思った。

出来ることと言ったら、窃盗しているX氏を、黙ってにらみつけることだけで

あった。

X氏は窃盗した商品を、一時、近くの物陰に隠して置くのである。

それから、上司の背中を確認したうえで、自分の仕事を誰かに代わってもらうか、

投げ出していくかして、窃盗品を空いている下駄箱に隠すのである。

そして、時間をみて、また、仕事を代わってもらうかして、下駄箱から自分の

車に移すのである。それで、彼の窃盗は完了するのである。

戻ってきたX氏の顔は、安堵に満ちている。上機嫌である。

そういうのを、月に何度も見せられると嫌気がさしてくるものだ。哀れというか、

情けないというのか、彼の育ちを垣間見る瞬間でもあった。

彼が窃盗した商品を、お金に換算した社員がいた。

20年の窃盗金額の合計は、なんと彼の退職金の半分位の金額に達するという。

この窃盗の物質的損失は100%である。

しかし、目に見えない損失、底無しの損失がある。

商品を造る時間、賃金、諸経費、原料、調味料、資材、まだまだある。

これらは何も、窃盗者の商品を造るために費やしたものではない。

会社は原価安だから、多少の窃盗なら目をつぶれ。

とでもおもっているのであろうか。

会社の財は、その原価安が積もり積もって出来たものである。

窃盗が作った罪も、積もり積もって見えないところで、損失を積み立てている。

何よりも社員、職員の人間性が駄目になる。

私は、管理職に「まず先に、意識改革をせよ。」といってきた。

この工場を、健全性を持つ、普通の会社に戻さなければならない。

ともいってきた。何も難しいことを言ったつもりなどない。

大きく舵を切る改革ではないのである。

ともあれZ社には、こういう社員やパートが多数いる。

これを知らない管理職などいない。みんな知っているのである。

それでいて社長は、売上だの、利益だのと責め続ける。

経営者として、いったい、どの口が言えるのであろうか。

ところでX氏が、今も勤めているなら、勤続51年目である。

頭のてっぺんから、足の先まで、愛社精神に染まっているはずの、勤続51年目

の人間がすることだろうか。

このような会社が在ること事態、摩訶不思議なことである。

あなたの記憶のなかに、このような会社が存在しますか。

 

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Microsoft Word - と 印

~ 投稿 2014 05 21

 

 

 

 

 

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