童 話   

老木 桜木 時世じいさま

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2001 02 14


エンピツ画

 

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老木 桜木 時世じいさま

 

里   山

 

はるかな空のその下に、過ぎゆく時間が目に映るような里山がありました。


川はサラサラと流れ魚のすみ家となり、風は便りも届けず通りすぎ、雲は語ること

もなく流れてゆくのでした。


箱庭でも見るような、この美しい里山に、切りだったとても高い崖があります。


その崖下に、小さな部落が崖に張り付くようにありました。



この部落はひどいありさまで、すべてが貧しさを物語っていました。

でも、貧しさは部落の人たちの生活には、何の邪魔立てにもなっていませんでした。

部落全員で力を合わせて生きてゆく、そのことだけを貧しさは教えていたのです。




この盆地の里山には、昔から大きな木がたくさんありました。


とても見事な大木が、天をつらぬくかのように立ち並んでいるのです。


その大木のなかでも一番大きいのが、切りだった崖上の桜木でした。


今この桜木が、厳しい冬を迎えようとしているのです。


樹齢千年を超えるこの老木は、年と共に枝も枯れはじめ、花の数も少なくなってい

ました。

根の半分を崖に這わせ、夏の日照りや冬の寒風に、何百年も耐えながら崖が崩れな

いように守ってきたのです。木としてはたいへん過酷であったことでしょう。


そのおかげで、崖は嵐がきても大雨が降っても大雪でも、崩れることがありません

でした。もしこの桜木が枯れたなら、春の雪解け水で崖は崩れ、部落は崩壊するこ

とでしょう。部落の人たちは、この桜木を神木として崖下のお堂に祀り、朝夕にお

供え物を捧げ大切にしてきたのです。

 

「オ~イ!彦さん。この冬は大丈夫かのう。」


部落のまとめ役で長老の利兵が、崖上の桜木を見上げながら、野良仕事の後始末を

している彦助に叫んでいます。


「どうダベな。こどしは寒いがらな!なんだって根子丸出しだがら寒いベ。」

「ンだたって、なんとかしねば大変だで。神様さ頼んでみるが。」 


「ンだな。」


といいながら、二人は家へ帰っていきました。

 

家に戻った利兵は、いろりの前に座りだまって火をみています。


「じいさん、時生じいさまのことが…。」


おばあさんが利兵の背中にいいました。


「ウウン。春まで、もつじゃろうかのう。」


「困ったの・・。」


おばあさんとて心配でなりません。

 

部落の人たちは、崖上の桜木を昔から時生じいさまと呼んでいました。


誰が名付けたのか、どのような意味があるのか誰にもわかりません。

部落を守っている神木だから大事にしなさいと、子供のころから教えられてきたの

です。春になると見事な枝に花をいっぱい咲かせます。




花びらが崖の上から舞い散ると、部落は花吹雪の滝の下に埋もれてしまうのです。

それは、それは絵にも描けないほどの美しさなのです。


それがここ数年、枝も枯れはじめ花も少なくなり元気もないのです。もしこの冬、

時世じいさまが枯れたなら、春の雪解け水で崖は崩れしまうことでしよう。


これは部落にとって大問題なのです。

 

「ンだば、じいさん。めし喰ってお参りにイグが。」


おばあさんはそういいながら、ごはんを三つのお椀にもりました。


そこへ、山で炭焼きをしている吉蔵とお堂へお参りに行く部落の人たちが、時生じ

いさまのことが心配でたずねてきました。


「何! そんだば、春までもたねっていうのが。」


山から降りてくることの少ない吉蔵は、はじめて時生じいさまのことを知りビック

リしました。


「ウウン。あんまし、いぐねと思うど。」


「もし、死んでしまったら。部落はねぐなってしまンだど。おんじ、何とがなんね

    のが。」


「・・・・・。」


利兵はいろりの火をいじりながらだまりこんでしまいました。


おばあさんはお椀を持ったまま立ちつくしています。


「まっ、まンず、みんな。神さまさお参りにいぐべ。遅ぐなる・・・。」


ため息をつきながら利兵が玄関を開けると、冷たい風がかたまりとなって入ってき

ました。


お堂に着いた部落の人たちは、お供え物をあげ神さまへお参りをしました。


「神さま、この歳まンで生きてこれだのも、時生じいさまのおかげだで。なんと

   が、助げてやってくださいませ。」


利兵は何度も、何度もお参りをしました。


「オラだちで、何がでぎねえのがな。」


吉蔵もそういいながら手を合わせました。


部落の人たちは神さまをとても頼りにしてきたのです。


でも、こんどばかりはそうはいきません。何か手助けをしてあげなければ時生じい

さまは弱っていくばかりです。

 

「あんな、…利兵さん。」


普段、無口の善七がめずらしく口を開きました。


「オレだちも…寒かったら…着物着るべ、じいさまにも・・・着せたら、どうだ

   べ・・。」


「や~たまげた。善七でねーが。オメー、いたのが。」


利兵はおどろきました。


「ンだな。寒ぐねえようにせば、いいがもな。」


「そんだば、どうせばいいんだべ。」


利兵はうなずきながらみんなの顔を見ました。 


「ンだな…。」


誰ともなくお堂のまえに座りはじめ、やがて小さな人の輪ができました。


みんなの白い息が、お月さまのひかりに青白くひかる、とっても神秘的な寒い夜の

ことでした。

 

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山の神さま

 

この山の神さまは、山に住む動物たち親子に山の見回りをたのんでいました。


子供たちに山のことを知ってもらうために、いつも親と一緒に見回りをさせていた

のです。


「今日にも雪がふるかも知れぬ。もうひと回り見回りをしてくれまいか。」


神さまは、クマさんやリスさん、おサルさんやウサギさん、キツツキさんなどたく

さんの動物たちにたのみました。


動物たち親子は見回りの帰りに必ずお堂へ立ちよっていました。


部落の人たちがお堂にささげたお供え物を、チャッカリと子供たちのおやつにして

いたのです。神さまは子供たちのよろこぶ顔を見ては、おじいさん、おばあさんた

ちのあたたかいこころにいつも感謝をしていました。


大自然の大いなる命につつまれながら、部落の人たちも動物たち親子も、この里山

すべてが毎日平和な営みを送っていました。

鳥の声も川のせせらぎも、風の音も雲の色も、朝のめざめも、お月さまとの語らい

も、なにひとつ変わることなく繰り返されてきたのです。


神さまも満足をしていたのですが、ひとつだけ心配事がありました。


「たいへん! たいへん! たいへんだよ~ッ!」


見回りから戻ったリスさんの親子が、大きな目をもっと、もっと大きくして走って

きました。ほかの動物たちも大きな声をあげながら戻ってきたので、山が急にさわ

がしくなりました。


「どうかしたのですか?」


神さまはやさしくたずねました。                                                                                

ほかの動物たち親子もリスさんのまわりに集まってきました。


「さあ、一人ずつゆっくり話してください。」


リスさんが神さまの前にでて話しはじめました。

 

「神さま! 時生じいさまかぜをひいたンだって! 熱があるから、なんとかして

   ほしいっていっていたよ!」 


リスさんは、ハアッ、ハアッいいながら一気に話しました。


とてもがまん強い時生じいさまの弱音を、神さまははじめて聞きました。


体調が良くないことは前から知っていたのです。神さまも心配でなりません。


なにか良い方法はないものかと神さまが考えていると、動物たちがさわがしくなっ

てきたので手を上げしずめました。そうしたら、小さな肩をふるわせながら、クマ

さんのヒザの上で泣いているウサギさんの声が聞こえてきたのです。


「どうしたのですか…。泣いていてはわかりませんよ。」


やさしいウサギさんはなにかを感じたのでしょう。


目にいっぱいなみだをため、神さまの膝にピョンっとのり悲しい顔をしながらいう

のです。


「時生じいさま、苦しそうに『やさしくしてくれて、ありがとう。』って、いって

   いた…。」


ウサギさんはこらえきれず、神さまの膝に顔をうずめて泣いてしまいました。 

「…とっても苦しそうだった…神さま、時生じいさま、死ンじゃウの・・・。」


それを聞いていたおサルさんが突然木にかけ登り。


「そんなの、いやだッ!死ンじゃったら、いやだッ!」

と、枝をゆさぶり泣きだしたのです。

おサルさんやリスさん、ウサギさんや鳥たちは、時生じいさまにとっても可愛がら

れていました。 木をひっかいたり、つっついたり、枝をゆさぶったり悪さをいっ

ぱいしました。でも時生じいさまはいつもニコニコしながら子供たちを見守ってく

れていたのです。


 

ウサギさんから時生じいさまのことを聞いて、山は何やらもの悲しさにつつまれま

した。大好きな時生じいさまのことがとても心配なのです。


動物たち親子は時生じいさまのことを思い出していました。


悪いことをしたと反省したり、楽しいことを思いだしたり…。


もっとやさしくしてあげればよかったなあっと、悲しい顔をするのです。

でも最後には、時生じいさまのやさしさだけが胸いっぱいに広がり、なみだがこみ

あげてくるのでした。


そんなとき、クマさんが太い声でいいました。


「神さま。時生じいさま…、冬を越せば、大丈夫なのかな…。」


と、大きなからだをゆすりながらいうのです。そうしたら、ほかの動物たちも。


「神さま!どうなの。」


「神さま!大丈夫といって。」


「神さま!」「神さま!」


と、いいながら膝にすがりつくのでした。

 

神さまは動物たちの顔をみわたしながら、ゆっくり両手をひろげていいました。

「さあ、みなさん。わたしのところへ来なさい。」


動物の親たちはビックリしました。


神さまが抱いてくださることなど、いまだかって一度もなかったことなのです。


身近な存在でありながら、今になってとっても近よりがたい存在に感じたのでし

た。そんな親たちの気持ちも知らず子供たちは無邪気なものです。何のためらいも

なく膝に上がり遊びはじめました。




一人で上がれない小さな子供は、神さまが抱きかかえ膝に上げてくれたのです。


親たちも子供たちに何度もさそわれ、おそるおそる膝に上がりはじめました。


神さまのあたたかくて、やわらかいふところのなかにだかれた動物たち親子は、

かなつかしいぬくもりを感じました。

 

やがて、神さまのさとしがはじまったのです。


「みなさん。これから話すことはとても大事なことです。」


神さまは動物の親子を抱きかかえながらいいました。


「みなさんはやさしさを持っていますか?」


やさしさはキラキラ輝く宝物です。


宝物は自分のためだけにあるのではありません。


生きているみんなの物なのです。


だからみなさんもやさしさを与えていただけるのです。


みんなのためにあるからこそ宝物であり輝いているのです。


やさしさの取り違いをしてはなりません。


子どもたちは神さまのふところのなかで


「ボク、やさしいよ…。」


「わたしも…。」


と、いいあっています。


無邪気な子どもたちとは違い、親たちは神さまのことばに下をむいてしまいまし

た。いくら考えてもやさしさを理解できませんでした。




何であるかさえ知らないのです。


そんな親たちの顔を見て、神さまはやさしさとは何かを親たちにさとされました。

 

さあ、みなさん、やさしさの話しをしましょう。

やさしさは、

生きている、すべての者が持っているのです。

やさしさは、

すべてを、ひとつに出来る力を持っているのです。

やさしさは、

どこまでも、生きつづけてゆくのです。 

やさしさは、

いくら与えても、無くならないのです。

やさしさは、

なによりも、柔らかで強いのです。

 

神が申されました。何も心配はいりません。




みなさんもキラキラ輝く宝物を、持っているのですと話されたのです。

 

神さまのおはなしを聞いても親たちはわかりませんでした。


でも、神さまが、みなさんも持っているのですよといわれたので、何やら安心した

のでした。親たちは、やさしい神さまがおられるこの山で、生まれ育ってほんとう

によかったと思いました。この平和がいつまでも続くことを祈りながら、神の深き

ふところで眠りについたのです。




神さまのゆりかごに、すべてをゆだねて…。

 

 

 

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部落の決断

 

あれからどれくらいの時間がたったのでしょう。


お堂のまえで輪になって座っていた、おじいさん、おばあさんのホッペが赤くなっ

ています。


「もう、おせエから帰るべ。」


真っ赤になったホッペをさすりながら利兵がいいました。


「んだな。話しも、決まったしな。帰るが。」


「したらみんな。あしたの晩に家にきてけれ。」clip_image003[2]

「したら、あしたな。」


お月さまもみんなと一緒に利兵に返事をしていました。


利兵は帰り道、何度も自分に言い聞かせていました。


何にもねえってことは…、何にも身になんねってことだな・・・。


平和だの平凡だのは、心にそなえがあるがらいえるモンなんダ

な。時世じいさまは前から悪かった・・・。


何でわかんねかったんだべ。

利兵は自分のおろかさを悔いていたのでした。


翌朝、利兵はいつもと変わらぬめざめをいただきました。


おばあさんも変わらぬ朝をむかえてごはん支度をしています。


部落の人たちの生活は、倹約の峰を登り詰め、質素の底をなめきったものでした。


せまい畑で採れるわずかな野菜と、季節の山菜や川魚を、神さまからの授かり物と

感謝しつつ営んできたのです。


質素と倹約の積み重ねが、貧しさに見えたのかもしれません。

「じいさん。そど…白くなったな。」

 いろりにかけた鍋をかきまぜながら、おばあさんは湯気のなかにいました。


「んだべ。どうりで寒いもンな。」


小窓を開けてみると、冷たい風が利兵の顔にあたり、今朝の寒さをおしえてくれま

した。


「わンずか、降ったンだな。」


寒かったベなあと利兵は時生じいさまのことを思いました。


部落の人たちも利兵と同じことを思っているのに違いありません。


朝ごはんをすませた利兵は、さっそく今晩の支度にとりかかろうとしています。

「もう、したぐ、すんのがい…。」clip_image004[1]

気の早いおじいさんにほほえみながら、おばあさんは少ない洗い物をはじ

めました。


「ンダたって、早ぐしねば、冬きちまうダで。」


「じいさまは、太くて、たげエからな、たぐさんもっていがねえとわがン

   ねモンな。」


おばあさんは、時生じいさまは太くて高いので、たくさん着る物を持っていかなけ

れば足りないといっているのです。

 部落の人たちは、家にあるいらない物を持ち寄り、時生じいさまに着せてやろうと

夕べ相談して決めたのです。色々な物をたくさん着せてあげれば、冬の寒さにもた

えられ、きっと春には元気になれると思ったからです。



それが一番早く、時生じいさまにしてあげられることでした。


「ワシは、火さあたれるだけありがて…。一枚脱いでじいさまに着てもらうべと

   思ってな。」


いろりのそばにきれいにたたんである着物に、おばあさんは顔を向けながらいいま

した。


「んだが。ばあさんも、そう思ったが。ワシもな…。」


利兵はそういながら、たたんでおいた紋付羽織を、ニコニコしながら持ってくるの

でした。朝からあれこれと探し出し、夕方まえには支度ができました。




土間のムシロの上に大きな包みが何個も積んでおいていました。


「こっだらに、着せでやるものあっていがったな。」


この家のどこにこんなにあったのだろうと利兵は思いました。


部落の人たちにも間違いなく冬はやってきます。


きびしい冬にそなえて無理をしなければいいのになあっと、利兵は部落の人たちの

ことを心配しました。

 

 

 

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神の願い

 

神さまの深きふところのなかで眠っていた、動物たち親子がとても早く目をさまし

ました。時生じいさまのことが心配なのです。



子供たちは少し積もった雪を見て、もうおうはしゃぎしています。


神さまは親の気持ちを察し、何にも心配はいりませんよといいながら、ゆっくり腕

をひろげました。子供たちは待ちかねたように、神さまの膝から飛び降り雪とたわ

むれています。

そんな子供たちにほほえみながら、神さまは親たちにいいました。

「今日は、みなさんにお願いがあります。」


神さまのお願いって、何だろうと親たちは真剣な顔になりました。


「みなさんで時生を調べてきてほしいのです。」


これからみなさんにお願いすることは、部落の人たちにも大変大事なことなので

す。と、神さまはさとすかのようにいわれました。

人間にも大事なことといわれた神さまのことばに、親たちは大変おどろきました。

山の神さまは、山に住む者たちだけをお守りしてくださる神であると思っていたか

らです。動物たちははじめて人間に恐怖心を持ちました。でも、部落の人たちは、

動物たちに一度も危害を加えたことなどありませんでした。




不安顔でいる親たちを見ながら、神さまはさとしを続けました。

 

動物には動物の人間には人間の生態があり、その領域を守りながら生きているので

す。それが自然のおきてであり自然の慣わしなのです。


お互いに尊重し合い理解し合えれば恐怖心もなくなるのです。


やさしいさがひとつになれば山に平和がたもたれるのです。


そのためにも本能から湧き上がる恐怖心を取りのぞかなければなりません。

神さまは動物の親子をじっと見ながら、またさとされました。

この山に生きるすべての者たちはわたしの子です。


わたしがすべての子の父であり、またすべての子の母でもあるのです。


生まれ出でて死してから、もわたしは父であり母なのです。


何ゆえ、我が子にわけへだてなど持たねばならぬのか。clip_image008[1]

何ゆえに、子同士で怖れ合わねばならぬのか。


生きている者たちは、お互いに支えあってゆかねばなりま

せん。独りで生きてゆけるほど強くはないのです。

神さまは、いままでにないほど力強くきびしい説得力に満ちあふれた、さとしで示

されたのです。動物たちのこころのなかで、ゴオウ、ゴオウとうなりをあげ渦を巻

いていた恐怖心が消え去ってきたのでしょう。




顔が少しやわらいできたようです。

神さまはこの機会に親たちに使命についてはなされたのです。

みなさんの命は凝縮された生命であって時間的には短命である。


そのために生涯学習の時間は人間より少ない。


がしかし、本能の直感は動物にまさる生き物はないのである。


それが生命凝縮から得た動物の特権なのです。


生まれたままのすがたで生きていけないのは人間だけである。


人間は長い時間を経て試練を重ね成長し、その弱さを克服し地上最強の生き物とな

るのです。そのような人間だから、過ちのないように生涯学習と終身修業をさせて

いるのです。


ところが、人間はそれすら守れない。それでは最強とはいえぬ。


そこで、人間同士で戒めをもうけるよう仕向けたのです。


それが法である。動物界では掟にあたる戒めである。


こころある人間たちの使命は、子孫繁栄、ユートピアの建国にあるのです。


人間はこの軌道からはずれることなく生かされている。


みなさんも本能のまま生きるのではなく、使命をもって生きていかなければなりま

せん。それぞれに習性が違うように使命も違うのです。


山に生きるものは山の掟にそった生き方をせねばなりません。


その生き方の道しるべを使命というのです。


それを成しとげようとする責任感が使命感なのです。


使命をさずかっていることを忘れてはなりません。


生きている役割を認識せよ。

 

神さまは、いま動物の親たちに理解してもらわねば、子たちも同じ道を歩むことに

なると思いきびしくさとしました。やさしさはことばを持たない生命からも与えら

れるのです。神さまはこの機会に、無言のやさしさをたくさん与えてくれた、時生

の出生を明かすことにした。



 

神は語られた。

今から千年以上まえ、桜木の種が向かいの山から、風にはこばれ崖の上に根づい

たのである。この子の親は、地に根づいたわが子を見とどけて枯れ果ててしまっ

た。この桜木の子は、部落の人たちの愛情に支えられ、幾多の試練を乗り越え大き

く成長していったのである。


木が大きくなると、根は崖の下へ下へと伸びていき、岩のすきまに根がはり、崖を

じょうぶにしていったのであった。その行動は木にとって大変危険なものであっ

た。根を天地にだすということは寿命をちぢめる行為なのだ。


でもそれは愛情をそそいでくれた、部落の人たちへの恩返しでもあった。

春になると、雪解け水で崖が崩れるのではないかと、いつも心配していたからであ

る。根が崖の下へ伸びてゆくのを見ていた部落の人は、山の神が桜木となって、崖

崩れから我々をお守りしているのだと信じ疑わなかった。


そうして大木、は山の神木となったのである。


わたしはこの子をはじめて見たとき強い生命力を感じた。


そして時代を生抜いてゆける、頑強な忍耐力を授かっている子であるとさとったの

である。この子こそ、山に生きるすべての者たちの支えに、必ずなれる子であると

確信した。


そこで、わたしはこの子に、時代を生き抜くという意味で  【 時生 】 という名を与

えたのである。

 

神さまは、この山に生きるすべての者に、はじめて時生の出生を知らしめたので

す。みなさんのたくさんの親も、時生から勇気とやさしさを、与えていただいたの

だと申されました。


「みなさん、時生にぬくもりを与えてはくれまいか。」


神さまは、たくさんのやさしさよ、ひとつになりなさい、と願いながら、人間のこclip_image009[1]

ころに動物たちのいのちに深く、深く響きわたる声でいいま

した。とまどう親に子供たちは、早く時生じいさまのところ

へつれていってほしいとせがむのでした。


早く行かないと時生じいさま、寂しがるよ。お母さん、時生

じいさま死んじゃったの、と。


そんな子供たちの純真なやさしさに、親たちはついに決心をしました。


この子たちの時代に、大きな悲しみをのこしてはいけないと思ったのです。

部落の人たちは、きっと理解ある人たちなのだと、何度も何度も自分にいいきかせ

ながら。

「神さま、わたしたちに、お願いってなんですか?」


「お願いを聞いたら、時生じいさま元気になれるの。」


誰からともなくか細い声が聞こえてきました。


「よく決心をしました。子供たちもみなさんの勇気に感銘することでしょう。」


みなさんは子供たちにやさしさの種を蒔いてあげたのです。と神は申されました。

「では、みなさんにお願いをいいます。」


動物たちは不安と緊張のなかで神さまの声を待ちました。


ピ~ンと張りつめた空気が、大きな布状になって親たちを包んでいます。


神の気配が少し近くに感じられた。


いのちの末端まで全神経が不安情報を発信している。

やがて、神が親の名前を呼んだ。

 

クマさん!



クマさんは、時生を力いっぱいゆすってみてください。お願いしましたよ。

リスさん!


リスさんは、崖に張りついている根を見てきてほしいのです。 お願いしましたよ。

サルさん!


サルさんは、時生のからだ全体をしっかり見てきてください。お願いしましたよ。

キツツキさん!


キツツキさんは、時生のからだをつっついてみてください。お願いしましたよ。




ほかの鳥さんたちは、時生の枝先までよく調べてきてください。お願いします。

モグラさん!


モグラさんは、ひきつづき土のなかの根を調べてください。お願いしましたよ。

 

神さまはいい終えると片腕を高々と上げました。

そして一気に下ろしたのです。


親たちはそれを合図に時生じいさまのところへ一目散に走りだしました。


神さまは動物たちのうしろ姿に頼みましたよとまたお願いしたのです。


「神さま、わたしにお願い事ないの?」


「おおっ!ウサギさん。あなたには大事なお願い事があります。」


子供たちを時生じいさまのところまでつれてってくれませんか。


そしてたくさんお話しをしてあげてください。


ウサギさんは神さまからお願い事を頼まれとってもうれしい気持ちになりました。

「ハ~イ!それじゃ、みなさん手をつないでいきましょう。」

 

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結合への実感

 

陽が落ちかけてきました。


荷物を背負ってくる人、両手に下げて来る人。


ひとり二人と利兵さんの家に向かっています。 


「与吉。すったらにワラ持って来て、あとでこまらねえが。」


「ンダたって、時生じいさま。でげえからな。」


炭焼きの吉蔵とほんの少し稲作をしている与吉が笑いながら歩いていきます。


「吉蔵。オメえだって、そっだらに炭持って来て、家の炭ぜんぶ持って来たンでね

   えのが。」                                                                    

「なあに、まだ困ったら、神さまさ。助げてもらうさ!」


「時生じいさまの足もどさ、火っこおごせば上まンであったげくなるべよ。」


吉蔵は自分がつくった炭は火もちがとっても良いのだと、与吉に自慢話をはじめま

した。部落はにぎやかでまるでお祭りの準備のようです。


夕方前に利兵の家にみんな集まりました。

土間にはたくさんの荷物が山のように積まれています。


荷物の中身を聞いて回った利兵はずいぶん無理したなと思いました。clip_image010[1]

「なんも、無理してねって。みんなあるものばっかしだで。」


「おんじだって!そったらに出して大丈夫だが。無理スてんでねえ

   のが。」


みんな顔を見合わせ大笑いしました。


利兵はその笑い声に、みんなのこころがひとつになっているなあと感じました。


なんとありがたいことかと、神さまやご先祖さまにこころのなかで手を合わせまし

た。


「ンだば。みなの衆!いぐが。」


「お~~!いぐべ。」


利兵の声を合図にそれぞれ自分の荷物を持ちました。


「みんな!まず、お堂だ。お堂にいぐど。」


「ンだな。」

 

崖下のお堂に寄った部落の人たちは利兵からお参りをすませました。


「なんも、お供え物…持ってこれねがったな。」


お供え物は時生じいさまにたくさん持っていきます、とそんなおもいでみんな手を

合わせました。部落の人たちの山に対する信仰はとても深い信心からなっていま

す。山の神に畏敬の念を持っているのです。




神の聖地である山へ入るとき、必ずお堂にお参りをすませて入っていきます。


山を降りるときも、神の聖地へ土足で入りこんだことを深く詫びながら降りてくる

のです。神の生命が宿る産物を自分たちの営みのために無断で採ることは許されな

いことなのです。ひとつ採っては感謝をし、またひとつ採っては手を合わせる。感

謝無き行動は意味なき殺生となるからです。




さあ、みなの衆。利兵が声をかけます。


「んだら、みんな。足元さ、気いズゲでいぐが。」



曲がりくねったゆるやかな上り坂を一歩一歩確かめるように山へ向かいます。手に

荷を持ち背中に背負いながら山道を登ってゆくことはとってもキツイ仕事でした。




「こっだらごと…わげえ時は、なんでも…ねがったのにな。」


陽が沈みかけてきました。空が薄っすらと茜色に染まろうとしています。


「ワシらはいままンで、自分のごとしか、考えねがったな。」


利兵が息を切らせながらいいました。


自分たちだけが歳をとったと部落の人たちは思っていたのです。


でも、時生じいさまはその何倍も生き抜いてきたのです。


部落を守り自分をも守りながら。


なんとありがたいことかとおじいさん、おばあさんは胸が張り裂ける思いでした。

「ありがてえごとも忘れで、いまになって、騒いでな。」


誰ともなく、ンだ、ンだと声が聞こえてきます。


ただ、ただ、すまない、すまないと詫びるだけでした。

 

 

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暖   塊 (だんこん)

 

山は歓喜の声で湧きあがっています。


動物たちから時生じいさまの報告を聞いた神さまが、もう大丈夫ですよといわれた

からです。熱も下がりカゼも治りかけているというのです。みんな大喜びです。




抱き合って喜ぶ親子もいます。ほんとうに嬉しくてたまらないのです。

でも、神さまはこころが病んでいるというのです。


動物たちにはこころの病気がどういうものなのかわかりません。


こころって体のどこにあるのだろうと不思議に思ったのです。


神さまは時生に、山に生きる者たちを守り支えとなる大きな使命を与えていたまし

た。その為にも時世には人間と同じこころを、特別さずけていたのです。


ただひたすらにひたむきに、千年以上もこころを持って使命をつらぬいてゆくこと

は、大変つらい事だったのでしょう。

— ここにいる時生が見えぬか —

ことばを持たない生命が、寂しさと空しさのなかから、無言のやさしさを何年も吹

き続けていたのです。


花の咲く季節だけが桜木ではありません。


動物たちは、こころが病んでいるといわれ、何が何だか分からずおろおろするばか

りでした。見たことも聞いたことも触ったこともないこころとはどこにあるので

しょうか。神さまは動物たちに分かってもらうためにどうするのでしょう。


 

そんな山に部落の人たちが着いたときには、もうあたりは暗くなっていました。


ここへ来るのもずいぶん久しぶりのことです。


歳を重ねるたびにだんだんと山が遠くなってきたのです。おじいさん、おばあさん

は、身を刺すような寒さのなかを歩きつづけてきてつくづく思いました。


ジ~ッと立ち続けている時生じいさまは、なんと寒かろうにと思わずにはいられま

せんでした。早く着物を着せてあげたい。炭で暖をとらせてあげたいと気がはやる

おもいで、ようやく山の上に着いたのです。




 「チョットまで! なんか、動いでるで。」


炭を背負った吉蔵が手をあげみんなを止めました。


「なした! なんがいるのが!」


みんながそういいながら暗闇に目をこらして見ると、なんと、時生じいさまのカラ

ダから、獣の目がこうこうと


光っているではありませんか。

ものすごい獣の数です。


部落の人たちはビックリしました。


吉蔵は驚きよりも何が起きたのか、そのわけを一生懸命考えていました。


「どおすべ、下にもいるで、うだで数ダで。」


部落の人たちも、はじめてみる動物たちの行動が不思議でなりませんでした。


いったいどうしたというのだ。


山に何か起きたのか? 


それともこれから何か起こる前触れなのだろうか?


ジ~ッと耳をすませば、時が過ぎゆく音のなかに動物たちの息づかいが聞こえてき

ます。


「オイ、これもしかして。」


吉蔵がなにかを思いだしたように、動物たちの方へゆっくりと歩きはじめたので

す。


「吉蔵、あぶねって。おそわれるぞ! 殺される! もどれっ!」clip_image012

みんなが小声で吉蔵の背中にいいます。


「やっぱし、間違いねえ。」


動物のようすを見ながら吉蔵は驚きのなかにいました。


「ま・ち・が・い・ねえ…。」


こんなことって本当にあるンだなあっと、感動したような口ぶりで戻ってきたので

す。


「吉蔵!なにが、まちがいねンだ。」


部落の人たちが吉蔵のまわりに集まってきました。


吉蔵は不思議な顔をしながら、昔から代々家に伝わる話しをはじめたのです。

 

この山にはいつの時代にも神の木、神の化身、神木がおおせられる。


この神木は山に生きる者たちの支えになっているという。


神木にわざわいが降りかかったとき、神は山に住む生き者たちを集め神木を守らせ

るという。この神木が病気になったとき、神は山に住む生き者たちすべてを集め神

木を抱きかかえさせ、動物たちのいのちのぬくもりをとおし悪いところを治すとい

う。動物たちは神の許しがでるまで飲まず食わずで守り続けてゆく。


そのときの動物たちは獣でなく神の子。


すなはち、純真な子供と同様になるという。


もし、その場に出遭ったなら、恐れることなく動物たちのなかに入るがよい。


純真な神の子として神につかえるがよい。


神のご加護を授かるであろう。


その家代々栄えることであろう。

 

部落の人たちははじめて聞きました。


こんなことがあるのかとまだ半信半疑です。


もちろん吉蔵もはじめていいました。


「吉蔵。なしていままでいわねがった。」


利兵が吉蔵のところに来ていいました。


「いやー。見たときにいえっていわれでたンだ。」


「それまンでは、ぜってー、いうなって…。」


吉蔵は、そのいい伝えどおりに、動物たちのなかへ入ってみようと思い、一歩一歩

近づいていきました。

動物たちのおだやかな目がやさしく感じられてくるのです。

ほんとうに子供と同じ純真な目をしているのがわかりました。


「おめだち、この寒いのにごくろうさンだな…。」


吉蔵が恐る恐る声をかけながら近づいていきます。


動物たちも、吉蔵が危害を与える人間ではないとわかったようです。


立ち止まりなにやら親しげに話しをしているではありませんか。


受け入れてくれたのです。神さまがきっと吉蔵はやさしい人ですよ、と動物たち親

子に知らせたのかもしれません。


神のもとでは人間も動物も純真なこころで物事を見られるのです。


やさしさも感じ取ることができるのでしょう。


きっと、純真なやさしさはわだかまりを消滅させてしまうのでしょう。


部落の人たちも動物たちも互いなれてきたようです。


子供たちは部落の人たちに興味しんしんで暖魂をときはなしました。


それを見ていた親たちも、じいさまから離れて子供たちと交わりました。


今、とても不思議なことが時世じいさまの下で起きています。

部落の人たちと動物の親子が、人と動物を超えた信じがたい交わりをみせているの

です。何のためらいもないごく普通の日常の出来事のように…。




きっと神さまの導きなのでしょう。

 

そんななか、与吉と彦助が時生じいさまに、どのように着物を着せてあげればよい

かを話し合っていました。その足元で子供たちが遊びまわっています。


リスさん、おサルさん、ウサギさんや鳥さんたちがたくさん集まっています。

まるで二人の話しを理解したかのように首を縦に振っているようにも見えるので

す。


「ンだら、みんなで、着せてやるべ。」


彦助がそういい、みんなが動きだそうとした。


そのとき! 動物たちがいっせいに荷物にかけより広げはじめたのです。


そうしてそれぞれに着物をつかみ、足早に時生じいさまのところへ駆け寄ってゆく

ではありませんか。


部落の人たちは驚きました。身動きひとつできません。


まるで打ち合わせをしたかのような行動なのです。


動物たちが時世じいさまに着物を着せはじめています。


おしゃべりしたり、うなずきあったり、叫びながら、あっという間に終わったので

す。動物たちの特性を活かした見事な行動でした。

鳥さんは細い枝先を飛び回り。

リスさんは枝から枝へと動き布をかぶせていきました。

クマさんは手足を踏ん張り台となり。

その上にキツネさんやタヌキさんが乗り、着物を着せたのです。


シカさんは角を振り上げ着物を上に飛ばし、コウモリさんが逆さに枝にぶらさが

り、着物をキャッチし枝に掛けていったのです。

みんなとってもがんばりました。

作業が終わった親子は、時世じいさまを見上げながら、満足げにうなずきあってい

ます。動物たち親子のおかげで、とても早く終わることができたのです。


部落の人たちも、少し小太りになった時生じいさまを見上げては、良かったな、良

かったなと喜んでいます。


動物たちも部落の人たちの顔を見上げては、うれしそうな顔をしています。


部落の人たちは、動物たちをこれほど身近に感じたことなどありませんでした。


これもきっと山の神さまのお導きであろうと感謝するばかりでした。


神さまも、動物たちの人間に対する恐怖心がなくなったと喜んでいます。


部落の人たちと動物たち親子の触れ合いも落ち着き、それぞれにまとまりを作り始

めています。

 

夜は一段と冷える夜になりました。


お月さまもお星さまも、とっても寒そうです。


きっと、神さまのほてるカラダを冷やすために、寒気がいすわったのかもしれませ

ん。風も雲の手をひき眠りについたのか、月明りが青紫に透きとおって見えます。

その月あかりの下で与吉が、時生じいさまの足元にワラをひきはじめました。


足元が寒いだろうなあと思い持ってきたのです。

それを見ていた子供たちが、ワラにもぐりこんだり、じゃれたりもうおうはしゃぎ

しています。親たちはやさしい眼差しで子供たちを見守っています。




何もいわずに子供たちを自由に遊ばせてくれている、与吉にも親たちのやさしさが

そそがれていました。


「吉蔵! 炭おごすの、ここで、いいが。」


部落の人たちは、いままでのわがままをお詫びするために、今夜は家へ帰らないつ

もりで山へきました。吉蔵もそのつもりで家にあった炭を全部持ってきたのです。




ひとり言をいいながら吉蔵が炭をおこしはじめました。


そのひとり言に誘われて子供たちがたくさん集まってきます。


もうこれはひとり言ではなさそうです。


吉蔵のひとり言は、もちろんオラが自慢の炭の話しです。


「はッ! おめだち。そこさ入れば、きたねぐなる。」


炭俵から出てきた子供たちを見て、みんな大笑いをしました。


「ウサギさん。イナバの白ウサギでねぐ、部落のブチウサギになってまったな。」

お月さまにとどく大きな笑い声が山にひびきました。


楽しければ楽しいほど時間は早く過ぎるようです。


夜も深くなってきました。


子供たちもつかれたのか、スウ~、スウ~寝息が聞こえてきました。


親たちも我が子を抱きかかえながら、ワラの上で眠りにつこうとしています。


部落の人たちも親子のあいだに入り込み横になりました。 

 

天の星空のまんまるお月さんの下で…。

 

 

 

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神の決行

 

「オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラマニハンドマ ジンバラ ハラバ

  リタヤ ウン。 ノウマク サンマンダ バザラ ダン センダ マカロシャダ

  ソワタヤ ウンタラタカンマン。・・・」

 

神の呪文が草木一葉も揺らすことなく、闇を吸収しながら寒気に触れ、淡い霧と

なって渓谷を漂っている。


さらに熱気がおびてくると、霧は濃霧となって重く立ち込めた。


天空には、銀色の満月がとどまっている。


その月光が、濃霧を透し地上をこうこうと照らしはじめた。


地上は時世を中心に、大きな光の輪につつまれている。


神の呪文が静かに力強く滑らかに、朗々と闇を流れていく。


神はいま千紀の念をとき放しているのであった。


地上の居場所を形成しているのである。


この現象を、神が秘めるところ、神秘といった。

 

やがて呪文はしずかに終わった。


天空の光の輪は、地上にビロードの銀幕を下ろしたかのように、高次元の光りで輝

き始めた。と同時に、どこからともなく生き物の集結がはじまった。


広場は生き物たちの騒然たる絶叫のなかにあった。


あっという間に、広場は動物、鳥類、昆虫、虫で埋めつくされた。


もはや、虫一匹さえ入り込む隙間がない状態が出来ていた。


生き物たちの鳴き声とざわめきは、木を揺さぶり、地を反し月さえ落とすほどの大

音響であった。


それが、こつ然と消えた。


静寂も息を呑んでいるのか、無音の世界となった。


何かの前兆なのか?


重く立ち込めていた濃霧が、風もないのに消滅した。


そして、天空の闇に白い小さな光が現れた。


その光が、あっという間に大きくなり、銀の月を呑み込んでいった。


程なく、白い光は巨大な層となり、うごめくかたまりとなった。


生き物たちは天空の光を見つめている。


誰も驚きの声を上げるモノがなかった。


何故なら彼らは、白い光を山の神と知っていたからであった。

 

優れている本能があれば、神を見失うことがない。


彼らにとって、神の存在は視野的な存在ではない。


彼らにとって、神はいのちに触れる感覚的存在なのだ。


神との精通とはそのようなことなのだ。


いままで、神の存在といえる確かなものを、動物たちは実感として捉えていなかっ

た。神の声も、神の膝も、神の懐も、神の手も、神が動物たちのいのちに問いかけ

た、神の慈悲、神の悲願、神の希望のすがたであるからだ。


きらきらと輝く汚れなきいのちに、神が出現したのである。


部落の人たちとて同じである。この里山で輝くいのちを持ち続けていたからであ

る。だからすぐに、動物たちと溶け込め動物たちと同じく、神を感じることができ

たのである。


神との信頼の架け橋である、素直を失っていなかったのである。

 

 

オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラマニハンドマ ジンバラ ハラバ

   リタヤ ウン。・・・」

 

また、呪文が深い闇のなかを流れていった。


生き物たちは、呼吸することさえ忘れ天空を見つめている。


やがて呪文は終わった・・・。

 

それは静かに、厳かに、いのちと共鳴する言霊で語りだされたのであった。

 

《   皆に願いをいう 時世に こころを与えた


  しかし 言葉を持たぬこころは やはり こころとはいわぬ


  時世は 想いが言葉とならぬ故 その苦しみから病となった


  今 時世は苦しんでいる


  皆に 頼みがある


  時世の偏ったこころを元に戻さねば 時世は絶えるであろう


  皆に 頼みがある


  皆に時世とおなじ  こころを与える


  ならば 地に在るものは地に


  ならば 地中に在るものは地中に


  ならば 空中に在るものは空中に


  時世の幹 時世の枝  時世の根


  一本一本まで そのカラダで覆いつくせ


  いのちのぬくもりを 今一度 皆のこころをとおし


  時世のこころに伝える


  これが 我 願いである


  皆 このいのちの暖魂を 春まで断行せよ


  これをして 時世は蘇る


  これ平穏にして和を創造する


  これ皆にしかできぬのである 》

 

神は、生き物たちのいのちに、暖魂の指令をだしたのであった。

そしてそれは、音もなく始まった。

 

 

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利兵感謝

 

部落は光の輪のなかで、深い眠りに沈んでいた。


部落人も、一日の疲れを取るために眠りに入っている。


がしかし、利兵は寝付かれず寝返りのなかにいた。


誰かが自分を呼んでいるかのように思えてならなかったのだ。


彼は布団からでて、導かれるように外へ向かった。


戸を開けると白い息が目の前を昇っていく。


外は白い光で昼間のようであった。


利兵はもはや、自分の意志で動いているのではなかった。


それすら解からない無意識の状態にあった。


利兵は、神の光のなかを歩きお堂の前まで来た。


お堂は白い光のなかで、大きな神殿となっていた。


利兵は神殿の前でひざまずいた。


それを待っていたかのように、白い光がさらに強い光となって神殿と利兵に降りそ

そいだ。利兵は、静かに目を閉じ、両手をついて頭を垂れた。




時間が静けさのなかで、きらびやかな帯のように流れている。


どこからか、時とすれ合うような楽が厳かに低く垂れ込めてきた。


利兵は白い光と楽に交わりながら、温和な横顔をみせていた。

 

そして…。

それは静かに、厳かに、いのちと共鳴する言霊で語りだされたのであった。

 

《   利兵 感謝である 


  今 生きる物たち


  時世に


  いのちの暖魂を施している


  春 時世は蘇る 


  それ故 部落人は


  山に来てはならぬ


  春まで来てはならぬ 》

 

神は時世の病状が悪いと知っていた。


動物の親子だけでは、時世は蘇ることができない。


いのちのぬくもりが足りない、暖魂にならないと、生き物を集結させたのであっ

た。時世のあの大きなカラダが、暖魂で枝の先もみえなくなっていた。


根が張っている地も、地中も、暖魂で埋め尽くされている。


昼夜に問わず、寒暖に問わず、晴れ吹雪に問わず、解かれることなく暖魂は続く。

 

神は天空で深い思考のなかにいた。


山、時世、部落、動物たちのこれからのことを考えていたのだ。


平穏な山にするためにはどうしたらよいのか。


おたがい恐怖心をなくし、皆が仲良く暮らすのが良いのか。


しかしそれでは、ただ生きているだけではないのか。


何をもって本能というのか。生命凝縮の業ではないか。


やはりそれぞれに恐怖心を持たせることにより、本能が研ぎ澄まされていく。


これが、大自然の慣わしを維持するものではないのか。


これが、大自然の見えざる掟なのではないか。


これこそが、生きとし生きる物の安住の地の礎なのではないか。


春に暖魂を解く。


と、同時にすべてを忘れさせよう。


人は人、動物は動物の領域でいのちの営みをさせていこう。


これこそが幾千万年もの平和が続いてきたことわりなのだ。

神は深く頷いたのであった。

 

 

 

 

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神の深きふところへ

 

長くて厳しい冬が去り、そこかしこに春のきざしが見えはじめてきました。


里山はいま、一年で一番、生命が萌える季節をむかえようとしています。


春を演じているのは、山の緑ばかりではありません。


すべての音が春にころもがえをしました。


小川の音も鳥たちの声も。


そして、おじいさんおばあさんたちのこころも、春のころもがえをすませました。


なかでも一番変わったのは、時生じいさまのつぼみのはじける音が聞こえてくるこ

とでした。そんな穏やかな日々のなかで部落の人たちは、今日もいつものとおりの

めざめをいただきました。




そう、今日は年に一度の部落のお花見の日なのです。


朝から部落中ごちそう作りに大忙し。利兵のお家も朝から大忙しです。

お友達の分も、お堂に上げる分も、時生じいさまの分も、たくさん作らなければな

りません。そんな大忙しの朝、玄関に届け物が置いてあったといいます。


それはよく見てみると、時世じいさまに着せてあげたあの着物でした。


土に汚れないようにワラに包み、きれいにたたんであったといいます。


部落の家全部に届いていたというのです。


きっとお友達の親子が、一軒一軒届けてくれたのに違いありません。


利兵はワラごと着物を持って神棚に祀りました。


「子供だち、届けてけだんだな。」


おばあさんは、そういうと胸いっぱいになりました。


利兵も、やさしい子供たちに涙するのでした。


「ワシらは、いままで、たンだ生きて来たンでねえべがな。」


神棚の前に座りながら、利兵は考え深げにいいました。

 

「おーい! 利兵さん。そろそろ、いがねが。」


彦助が、玄関まえで叫んでいます。


「おお。彦さん。いぐが。ばあさん。したぐ、できたが。」


利兵がとっても明るい声で、おばあさんにいいました。


「ああ、いいよ。」


さあ、いよいよ出発です。


部落のみなさんが、利兵の家に集まっています。


「さあ、利兵さん。いぐど。」


玄関で利兵夫婦をみんな待っています。


「ンだな。その前に、みんな。お堂さいかねばな…。」


そうです。そうです。


神の化身。神木を祀っているお堂を忘れるわけにはいきません。


「ンだ。ンだ…。忘れたら、大変だ。」


お堂は利兵の家のとなりに祀られています。


まず利兵がさきに供物をあげ拝みました。


「さあ、みなの衆。いっぱい、あげてけれ。」


みなさんもうれしそうに供物をあげ拝んでいます。


色々なお供物でとてもにぎやかになりました。

今日はお堂が違って見えます。


きっと、お堂の神さまも、みなさんの顔をみて喜んでいることでしよう。


お堂に登頂の許可を得た部落の人は、たくさんのごちそうを持って山へと向かいま

した。時生じいさまと親子に会えるのをとても楽しみにしているのです。


楽しい話しをしながら一歩一歩山道を登って、ようやく山頂に着きました。


ほんとうにひさしぶりの山です。


去年の秋から、部落の人は誰一人として山に登っていません。


と、いうのも、山の頂上付近に、いつも薄雲がかかっていたというのです。


時世じいさまが薄っすらとしか見えなかったといいます。


そのせいかどうかは知りませんが、なぜか山に気持が向かなかったようです。


その薄雲も花見の数日まえにはなくなったというのです。


今おもえば不思議なことがあるものだといっています。


ですが部落の人は、気にとめてはいませんでした。


そんな気持ちで久しぶりにみる山頂なのです。


ところが、その山がいつもと感じが違うというのです。


いつもの花見の山とはまるで違うといいます。


とても明るく輝いているからです。


その輝きのなかに、時生じいさまが、ど~んと、立っているではありませんか。


いえ。違います。


時世じいさまが輝いているのです。


とてもあの老木とは思えません。


一回り大きくなったような気がします。


見事な桜木です。立派です。


快晴の空に時世桜があざやかに描かれています。


部落の人は声もなく、立ちつくしたままです。


これは、もう。一幅の絵です。

突然、時世桜から無数の鳥がさえずりながら飛び出しました。


桜木のまわりを群となって飛びまわっています。


桜がかすむほどの数です。


今しがたまで一羽のすがたもなく、ひと鳴きの声もしなかったのに…。


鶯、四十雀、雀などの鳥たちが、時世桜の復活をよろこんでいるかのようです。


時世は生まれ変わったのです。時世は蘇ったのです。


生命とは、不眠不休の大意識の意志によって、生かされているのかもしれない。

すべては神のはからいではないか…。

この時世桜を神も見ている。


利兵は時世の前で天を仰ぎ、地に頭を垂れ、胸元で手をそっと合わせるのでした。

そうして、神との信頼の架け橋である、素直から一言放されたのです。

利兵 感謝申し上げますー と。

おおっ! いだ! いだ! めんこいのが、いだで!」


時世の太い幹の後ろから子供たちがヒョコっと顔をだしました。


お友達の親子が時生じいさまの後ろにかくれていたのです。


先ほどまで、金縛りにでもあったように、立ちつくしたままの部落人が、子どもた

ちを見た瞬間、はっと、われにかえったようでした。


「おめだち。元気でいだがや。」


吉蔵が手荷物を置き子供たちに駆け寄っていきます。


子供たちも待ちかねたように、吉蔵の腕のなかに飛び込んできました。


「やンや。おめだち! 久し振りだなや!」


そういいながら吉蔵は、子供たちと座り込みなにやら話しをはじめました。


子供たちも嬉しいのでしょう。


吉蔵に抱きあげられた小さなお尻がとても喜んでいます。


「吉蔵、みんなさ。礼いわねば、わかんねど。」


「んだなあ、おんじ。」


「…おめだちさ、礼いわねばねえな。」


ほかのおじいさん、おばあさんも親たちを囲み小さな輪ができました。


その輪のなかに持ってきたごちそうを、ひとつひとつ広げはじめました。


みんなとっても

嬉しそうです。

「吉蔵! 炭、おごせ。」

利兵のはずんだ声に、時世桜の枝がやさしくゆれています。


 

やわらかな春風が、神の深きふところから

やさしく やさしく吹いてきます

咲き誇る


老木 桜木 時生じいさまのもとへ

 

神はゆっくりと腕をひろげ

ひとつとなった


大きなやさしいこころを



そ~っと そ~っと

ふところへ包み込みました

 

 

 

おわり

 

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利兵の家

 

 

 

岐阜 根尾谷

淡 墨 桜

樹齢 千五百年

(日本三大桜のひとつ)

淡墨公園 淡墨公園

 

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お  知  ら  せ  !

 

童話 老木 桜木 時世じいさま

 継ぐ次回小説は 

 

 

SF・ノンフィクション小説 

 此処露の影


Kokoro – no –  kage





あなたにまとわりつく 影

離れることのなく つきまとう

あなたの分身 ?



影は何故 黒いのか?


 

 

完成は いつか!

 

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いつになるか 本人にもわからない!


でも 表紙だけは できている!

 

流石だ!

 

 

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